6月3日普賢岳火砕流を忘れない
6月3日は島原半島普賢岳噴火による火砕流で43人もの方が亡くなった日。祈りの日とされています。あれから33年。
1991年6月3日は、島原の普賢岳が噴火して流れ落ちる土石流ではなく、「火砕流」により火傷を負いたくさんの方が亡くなりました。犠牲になったのは、マスコミや警察、地元の消防団の皆様であったことを後から知りました。火砕流とは、熱風が一瞬にして流れてきて、気道熱傷や全身の火傷で死に至ります。
私の父方の祖父母は島原に住んでいました。私達姉妹も夏休みも春休みも冬休みも必ず島原に行き、過ごしていました。第2の故郷が噴火により変わってしまいました。198年ぶりに噴火したそうです。
祖父母も福岡に避難してきました。しかし、1ヶ月も経たないうちに「噴火で死んでもよかけん、島原に帰りたい」と頻繁に避難指示が出ていた頃でしたが、島原に戻りました。当時は携帯なんてありませんから、家の中は防災無線で避難指示が発令されていました。
祖父母ともにもう亡くなりましたが、あの時福岡に引き止めず自分の好きな所で過ごしたいと言った事を実現させる父はすごいと思いました。
災害から復興を始め、今では噴火災害の爪痕が残るがまだすドームが出来、災害対策についても考える島原となりました。溶岩による新しい山ができ平成新山と呼ばれます。いつ土石流となるかわかりません。
災害はいつやってくるかわかりません。
防災グッズ(非常食など)の準備、携帯バッテリー、靴、携帯トイレなど、準備すると共に、災害はどんなものがあるのか。
知識もつけていきましょう!
災害は明日やってくるかもしれません。








